震災と仕事

ダンスにYogaに自分を満たす傍ら、、

子を宿してから
いったい何年たっていただろうか

自分のために時間をすごすことは皆無
睡眠、お風呂
全てのことの自由が奪われ
とにかく必死にただ生きていた
乾ききっていた自分


潤う至福の時間=ヨガ

自分のためだけに時間を作れる幸せ

練習してお勉強して外でご飯食べる

学生時代だったら当たり前のことさえ
感謝の気持ちで満ち溢れた

毎日ダンスとヨガの練習やお勉強に明け暮れ
自分のために時間をつかうこの贅沢

「自分のために時間を費やす許可」を
自分で出してあげることができた

本当に学びたかったことを保留にしていた分
学びたいことを学べることがうれしくてうれしくて

学ぶ私は見ていて怖いとさえいわれた
楽しくて集中しきっていたよう

誰にどうみられようと
わたしはわたしの心の赴くまま過ごしたかった

もう

無理はしたくない

我慢もしたくないんだ

無事資格取得
卒業試験で「Yogaの仕事はしません」などと
仕事とは無縁だと思っていたヨガだったが
とにかくもっとヨガを学ぼうと次なるステップへ準備

わたしの気持ちの張りがとれ
ゆったりするにつれ・・・

長女が学校へ行けなくなった

布団から出てこない長女

困り果てていたとき震災があった

すべてが根底から壊れていく
また果てしない気持ちになった

手厚い支援を受けた心あたたまる日々、そして震災

学校へいかなくなった長女

もともと繊細、気性が激しい
生まれた時からたくさんの苦労をさせてくれた子、、

母親であるわたしひとりではどうしようもなく
学校側から支援を受ける

理解ある校長先生
学校での様子を注意深く観察してくださる
スクールカウンセラーや担任の先生
シスターのように
深い愛情をもった専門の先生方に本当に助けられた

何度も何度も面談、
「なにか小さいことでもあったら連絡してください」
「ちょっとでも気になったら
大きくなる前にすぐ電話してください」

「いつでも来てください」

長女じゃなくてわたしがまるごと 
支えられていた

頼れる人がいる

このサポートなしでは一人で乗り越えられなかった

極限の極限までいくと差し伸べられる手

その後震災、、

あの日は普通じゃなかった
絶対に家にいない曜日と時間だったのに
突如予定をキャンセルし
家で動けなくなっていた

なんで動けないかはわからなかったけど
元気な心と裏腹に動かない身体

内側の感覚に従うことに決め
ソファーに横たわっていると大きな揺れ

そういうことか・・・

水、電気、恐怖。夫は仕事

子供たち三人で体を寄せ合いながら何日も過ごした

今でもロウソクをみていると
思い出す
電気ってありがたいなって。

次のスクール日程まで時間があったから
とにかくこの子たちを守ってあげよう
そして飲み物と食べ物与えてあげよう

それだけに終始した

震災のもろもろが片付き始めた頃でも
自宅周辺ではみな不安と恐怖に苛まれている空気が漂っていた

「わたし」に
「今」
「できること」はなんだろうか

地元でレッスンをスタートを決意

Yogaの仕事をすることは考えてなかったけど
皆がこれで一瞬でも揺れの不安から離れられたら
硬くなった体をほぐして心が軽くなったらいいな

それだけの気持ちで始めた

お金も潤滑油

一人500円いただいた

3名来てくださって場所代を支払い
少し残った小銭を缶の中にいれた

家に戻り、缶の中のお金のチャリンという音を聞いて
突如泣き崩れた

わたしが好きなYogaを一生懸命お伝えして
きてくれた人に
「ありがとう」と言われて
お金をいただいた

これも「仕事」なのか

人生のフェーズが変わったと感じた瞬間

今までのようにお金のために我慢してでなく
誰かのため
誰かの喜びのために貢献できる自分がいて
それがまた
自分の喜びに繋がることを感じられた瞬間

これからはそうやって生きていきたい
そういきていこうと決心した

NEXT:「私が私でいられる日々」

【目次】
0:Yogaに出会うまで・・・わたしにとってのYoga
1:学生まで・・・
2:挫折の連続
3:求道の日々
4:夏祭りの奇跡
5:震災と仕事
6:私が私でいられる日々